直接、個人を特定した先祖の追跡ができるものではありませんが、最近の DNA解析による人類のアフリカからの旅というのは興味深いものです。 最近の学校でどう教えているかは判りませんが、昔はネアンデルタール人 がクロマニヨン人に進化し、縄文文化が弥生文化に進歩していった、という ように教えていたと思います。 現代では、両方とも否定されています。 関連した本を読んだので、かんたんにまとめてみました。 1.人類学の歴史 まずは、人類学自体がどのように発展してきたかです。リンネ(スウェ ーデン、18世紀)に発する分類学が入り口でした。生物を形態によって xx属xx種というように分類していくものです。リンネはこれにより人類 を5種類の亜種に分けました。リンネはこの亜種は神が創ったものと考え ていましたが、後の時代になって進化によってできたと考えるようになっ ていきました。 発掘された人骨の年代は、地層からの年代推定や炭素同位体からの年代 測定できるので、場所-年代-形態の組み合わせのサンプルが沢山集まれば、 それを調べて進化の流れが推定できるという事です。 1900年代に入って、ABO式血液型などの遺伝による生化学的多様性を元に して、進化をさぐるようになりました。 これらの研究により、1960年代には人類は亜種として分かれているのだ という考えられていました。亜種としてとは、人類進化のかなりはやい段階 で世界にいた旧人がそれぞれ各地で進化していったという多地域進化説での 考えです。この説のもとでは、ネアンデルタール人はクロマニヨン人に進化 したとされていました。 一方、血液型データなどに対して統計的手法を用いて解析をした結果から は、所謂「人種」による差異が亜種というほど大きくないことが判ってきま した。 2.DNA解析 1970年代終盤になって高速でDNA配列を決定する手法が開発されました。 これがDNAによる人類学の変革の端緒となりました。 ここで DNA、遺伝子、染色体などの関係について示しておきます。 人間の場合の話です。 DNA:デオキシリボ核酸(Deoxyribonucleic acid)の事。 所謂、二重螺旋構造の図はみたことのあるかたも多いでしょう。 染色体:細胞の核内にあり、非常に長いいDNA分子がタンパク質と 結びついたもの。人間では23対あり、そのうちの1対が性染色体 で、X+Yだと男、X+Xだと女になる。 遺伝子:染色体の中にあるDNAのうち遺伝に関する情報を持っている 部分のことを遺伝子といいます。遺伝に関係ない部分も含めて 染色体という場合もあります。 mtDNA:ミトコンドリアDNA。ほとんどのDNAは細胞核内の染色体中に ありますが、一部細胞質の中にあるミトコンドリア中にも 環状のものがあります。これも含めて染色体ということも あります。なおミトコンドリアDNAは形態の遺伝には関わって いません。ミトコンドリアは細胞内に多数あります。 色々歴史的経緯があるのでしょう。用語の定義は結構多義なようです。 DNAはひとりひとり異なるため、これの解析で人を特定することが可能 です。警察の捜査でも有力な証拠になっています。この技術がまだ熟成 していない時期に使われて犯人とされ、再度の解析で不一致とされた事件が 最近ありました(足利事件)。 人類学に話は戻ります。 人類学で使われるのは、Y染色体とmtDNAです。通常の染色体に含まれる DNAは、父母のものを足して2で割るといった感じで子に伝わっていくの で、組み換えが非常に頻繁に起きることになります。それに対して、 Y染色体は父親から男子に対して、組み換えなしにそのまま伝わります。 mtDNAは細胞質内にあるため母親から子に対して、組み換えなしに伝わり ます。男もmtDNAは持ってますが、子に伝えることができないのです。 この「世代から次の世代に組み替えなしに伝わる」という性質が人類学 では重要なのです。 DNAには突然変異がまれに起こります。突然変異は基本的に蓄積されて いきます。これが組み替えなしに伝わっていくのであれば、この突然変異 の内容を調べれば、人がどこからどこに移動していったかが判るという わけです。 Y染色体やmtDNAの解析は1980年代に実用的に使えるようになりました。 そして、この解析結果で移動をたどった結果、Y染色体からみても、mtDNA からみても、現生の人類は6-7万年くらい前のアフリカから世界にひろ がっていったという事が判りました。 また、1997年に発掘されたネアンデルタール人の人骨のmtDNA解析に より、ネアンデルタール人は現生人類とは異なる系統に属することが 判ったのです。そのため、ネアンデルタール人からクロマニヨン人への 進化が否定されました。 3.日本人の旅 さて、いよいよ日本人の話です。 DNAに蓄積された突然変異による分類をハプログループといいます。 このハプログループについて日本をみると、世界の中でも多くのグループ が混在している地域だというのが判っています。 日本における主要なY染色体のハプログループはC、O、Dです。 Cはアフリカを出てから東南アジアに到達し、そこからアジア北部に 向かい、朝鮮半島あるいはシベリアから日本に入ってきたようです。 Cは更に10種類程度に分かれており日本人はC1とC3になります。 Dはアフリカを出てからアジアの海沿いに東南アジアまで到達し、 そこから中国に入り華北、朝鮮半島を経由して九州に到着し日本全体に ひろまったようです。日本人男性の30~40%を占めています。Dは 更にD1,D2,D3の3種類に分かれ日本人ではD2が主になって おり、地域でいうと北が多くなっています。D2は中国にも、韓国にも ほとんどいないそうです。 Oはアフリカを出てからDより少しは北よりのルートで中国に到達し、 そこから山東半島あるいは更に朝鮮半島を経由して九州に到着し日本に ひろまったようです。Oは更に20種類以上に分かれ日本人はO2bと O3になります。O2bは日本では南に多く、韓国では50%いるもの の中国にはほとんどいません。 これらのハプログループは、それぞれが文化を日本に持ち込んだよう です。おおざっぱにいうと、Cは貝文文化など、Dは縄文文化、Oは 弥生文化となるようです。同じ人たちの間で、縄文文化が弥生文化に 進歩したのではなく、外から入ってきたものと融合していったらしい のです。 4.ジェノグラフィック・プロジェクト DNA解析による人類史の研究は多くの研究所などで行われて いますが、その中のひとつがこのプロジェクトです。 ここで書いたようなDNAの解析により、人類の旅を調べようと、ナショ ナル・ジオグラフィック誌とアイ・ビー・エムが共同で進めているプロ ジェクトです。犯罪捜査にも使われるように、DNAはプライベートな情報 そのものですし、病気に関する情報も含まれていますが、このプロジェク トでは病気に関する情報は使わず、個人情報とも切り離して扱うことに なっています。 誰でも100$で参加できます。 自分はだいぶ前に参加してハプログループDだというのが判って います。 (2009-6-14追記) 昨日、NHKのドキュメンタリーで小笠原諸島の話をしていました。 でてきたのが「瀬掘さん」という方、先祖は外国人、といっても最近 の国際結婚とは関係ない話です。明治初期には、小笠原諸島は帰属が きまっておらずハワイなどからの移住者が随分いたそうです。その中に savoryという人がいて、その人の子孫だそうです。その後、明治9年に 帰属がきまって、帰化したとのこと。こういう外国とのつながりも あったのだなあと感心した次第です。 この帰属問題に役立ったのは、塙保己一の残した文書アーカイブスで ある和学講談所にあった文書だそうです。塙保己一とは「群書類従」 という古代からの文書をまとめたものを編纂した人です。戸籍でわかる 時代より前に、家系をさかのぼる時には、この「群書類従」が役に立つ かもしれません。 (2009-11-7追記) 以前、D3と書いてましたが、説明をきちんと読んでなかったための 間違いでした。Dです。D3に関する記述を削除しました。 《参考》 このページは以下の本やwikipediaなどを参考にしました。 もっと詳しく知りたい方は以下の本をごらんください。
〔参1〕旅する遺伝子(2008.10) ジェノグラフィック・プロジェクトとDNA解析について説明したもの。基本的な仕組みを判りやすく解説しています。日本については、各ハプログループの説明にわずかに含まれているくらいですが、世界全体での話を理解するのに良い本です。原書は、Deep Ancestry: Inside The Genographic Project(2007.11) |
〔参2〕日本人になった祖先たち(2007.2) DNA解析の技術から日本人についての解説まで書かれています。mtDNAの話が主ですが、Y染色体についても書いてあります。 |
〔参3〕DNAでたどる日本人10万年の旅(2008.1) Y染色体のDNA解析の結果をもとにして、言語や文化などを学際的に検討したもの。同じ著者がY染色体のDNA解析について述べた本も出しています。著者は医学博士ですが、現在はCCC研究所といところの所長で関心の中心は言語にあるようです。そのため、言語に関する話が多くなっています。 |
〔参4〕DNAが解き明かす日本人の系譜(2005.8) DNA解析の結果をもとにして日本人の旅を解説したもの。この本は、ここに上げた4冊の中では最も基礎データを沢山掲載しています。 |